泥棒日記

ishidatax2006-02-26

かなり以前、雑誌のなにかの特集で20世紀の文学の
最高傑作を作家、文芸評論家にそれぞれ
アンケートをとった特集がされていて、その中に
ジュネの「泥棒日記」をあげていた作家がいました。


他の人たちは、プルーストだったり、カフカだったりして、
まあ妥当な選択だよねといった感じでしたが、
その人ただ一人、大作家からは選ばななかった。
自分の好きなものしか傑作としては認めない、
その姿勢が個人的にすごくすがすがしかったおぼえがあります。
それと自分と同じような趣味、嗜好の人がいることも気分がよかった。


このジュネの泥棒日記、捨て子で泥棒、さらに同性愛者でもある作者の
自伝小説です。


この作家の世界では、盗み、同性愛、裏切り、こういった通常の世界では
否定的にしかとられられない価値観に美しさを見出します。
筋金入りの犯罪者であったり、卑怯であればあるほど、
この世界では価値があるのです。
だからこの作家は、この小説の中で、普通の人が上に上に上昇しようと
するのと同じく、下へ下へと、闇の世界の中に降りていく。


最初にこの小説を読んだときの驚き。
こういった真に独創的な人がいることの不思議。
そしてその妖しい毒に満ちた世界観を文学として認める、
フランスという国の度量の深さ。
そのすべてに瞠目し驚嘆しました。
そして悪といわれるのもであっても美が存在することを知りました。


それ以来、ことあることにぽつぽつと拾い読みしています
この作家、特にこの小説の独特のレトリックに彩られた文体は、
悪にこそ美を認める価値観とあわせて、
通常の生活者の価値観は寄せ付けない。
ただ文学を知る人だけが、この毒に満ち満ちた空気を
(薄められたかたちではありますが)呼吸することができる。


ジュネは私にとっては人間の多様性、可能性の極限を
教えてくれた作家、その中でも「泥棒日記」はその代表作なのです。
そういった意味では文句なく、私にとっての20世紀文学の極北。
これからいったどれくらい読み返すことになるのでしょう。